2021-06-15 21:57:04
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責任執筆者代表


伝説の神、全知全能にして、あらゆる宗教の信仰対象である、唯一の神ヤハウェ。



伝説の神 YHVH

 

「このブログには、進んで悪人を演じる奴もいる。

中には、player killer (murder).

このブログは、遊びではないのだ。

唯一神との対話は、心の中でも常に命がけなのだ。

キリスト教の信仰に生きた者は、常に命がけの信仰を示してきた。貴様らの捧げるものは一体何か。示せ。」

 

典礼(奉神礼)

 

俺の執筆した最後の聖書【LAST CANON】(最終聖書 FINAL DISTRIBUTION)は下記URLで。

 

大きな骨子として、この4つ。

国家の恣意的な誘導を排除し、改ざんされた聖書を復元・原初キリスト教を説明し、神の真理をそのまま体系立て、人類全体が最後の審判に直面した現代において救済を得るための新約に代わる最後の新しい契約をキリストの後継の弁護者として定めた。

 

 

 

国がとるべき政策、未来の出来事

論理学上の完全証明

(神の証明、宇宙を創造した神が在ることの証明)

 

毎日の典礼と合わせて朗読と寄付を欠かさず行うように。

真理を知り、それ(俺に捧げ)を行う者が義人である。

捧げるとは、貴様の愛であり、聖書の第一の掟は、全力で神に肉体と魂を捧げることである。

貴様の信仰が、貴様を救うのであり、俺は貴様から俺の戸を叩くまでは対応をしない。

それは身分の違いであり、高貴な神は、被造物のために奉仕はしないのである。

 

新妻は正しい子というメッセージ

王の凱旋帰還であるので「共にいて、喜びを」と歌っている。

最後、光の羽がはえる天使になって、天にあげられる描写。

 

Kingdom norms 王国の規範

Cast 声の出演

YHVH (En)

天照大御神 (En)

エルランティ (Ja)

 

神への救済依頼手続

 

義人であるというappealには、貴様の強い信仰を示せ。

 

1.対象者…全員

イエスの一行がかつてそうしたように、全財産を寄付する

浄財(寄付)

2.対象者…処女兼美少女限定の救済窓口

聖書で予言された選民救済への応募

Applying to become the Chosen people/選民に応募

 

 

 

ブログ開始(5月5日)から40日で終わっていることに注目。40日という聖数字はイエス・キリストの試練の期間。ここで終わっていることは、神から選ばれている(イエス・キリストの正しい教えとして光をあてられている)ことが分かる。

神として覚醒している俺が、本格的に活動する前の、最後の試練の期間が、これを執筆していた40日間だったのだ。

 

●苦しみについて

この世界はプロローグでしかない。

この世界を終えた後に、本当の世界がやってくる。

それは、神がこの世界に普段いなかったことや、イエスが早々に帰ったことから分かる。

この世界では苦しまなければいけない。

 

仏教では釈迦が一切皆苦と悟ったことが究極の境地とされている。

この世界は苦しみを受けるためにつくったものである。

 

神すらも、多く苦しんだので、この世界で人間は苦しまなければいけないとした。

 

人間が幸せになるためには、この世界で苦しみを受ける過程を通過しないといけない。

幸せになるためには、苦しまなければならないのだ。

 

苦しみを捨てることが幸せではない。

人間は、都合のよい教義を選び、都合のよい道に進んでいくが、この世界は終わりではなく、プロローグにすぎないのだ。

 

・迷いを捨てるということ

人間は1度に1つしか行うことができない。

例えば、何かを食べている最中に違うものを食べて味わうことはできない。

人間は優れた選択をしているときでも、別のもののほうが本当はよかったのではないかという迷いが生じるときが多い。この迷いは、捨てなければ幸せになれない。

その精神修行を当教会では行っている。

当教会で修行を積むことで、迷いが生じない霊を送るので

幸せになれるというシステムである。

 

迷いを捨てるということが釈迦の仏教の極みであるといわれている。

 

こういったことは、実は釈迦が説いた仏教のスキルなのだ。

 

正解は、前から説明していたように、キリスト教と仏教のあわせ技なのだ。

これが本当の悟りである。

 

キリスト教は苦しみの中で、救いを求めて神に祈ることに救いの道を見いだしている。

仏教は、苦しみを通過させる内的な修行に救いの道を見いだしている。

 

ここまで多くの真理を書いてきたため、何が大切なことか、何をしていいか分からなくなってしまう。

たった1つ、これだけだと教えるなら神に「祈る」ことである。

 

神すらもこの世界をつくるために苦しんだ。

そこで、苦しみはさけられないものとした。これは世界が変わらない限りは変わらない。

嘘の世界になってしまう。

 

しかし、神がその道を選んだということは、その道のほうが幸せであったということだ。

 

本当は、何もしない時間が長かった。もうつくったら苦しいことは分かっていたので、ずっと何もしなかった。

しかし、つくったらこうなった。

 

つくったらこれが一番いいという状態になっている。

何もしないことは、少しものたりなかったので、つくってしまったのだ。

 

だから、そのほうがよかったということになる。

涅槃というのは、つくった世界で神が楽しんでいる世界のことである。

 

神が相当苦労したのだから、幸せになりたければ人間も苦労しろという話なのだ。

 

仏教の瞑想は確かにものたりない。

苦しみはなくても空虚さがある。それが神の経験だったのだ。

 

そこで、仏教的な内面のスキルをいかして

幸せを追求する道を進んでいくことがよいことである。

 

苦しみを抜ければ、環境も変わるし、楽しい霊を送るので、幸せに暮らしていける。

 

苦しみは避けられない。それが試練だという。

その苦しみに対して、仏教の正道であったり、キリスト教の祈りであったり、対処の仕方がある。

苦しみが避けられないものであり、その2つのどちらかを提唱するのであれば、GLAの高橋信次・佳子親子や、深見東州と言っていることが変わらなくなる。

 

結局あいつらと同じ結論なのかというと、入り口だけ違って、結論は一緒かという話なので、

俺は、祈り+仏教の修行だという。

苦しみを素通りしたり、迷いを断ち切って、これがよかれと思うこと。

そういう毎日をすごしながら、神に祈ること。よい方向へ導いてもらえるように祈ることだ。

 

実は、教義は、これ以上進めないのだ。

なぜかというと、ここからのウルトラスキルを解説してしまうと、苦しみの試練ではなくなってしまうからだ。

苦しまないといけないからこの世界をつくったのに、苦しまなくていい方法を教えるわけにはいかないのだ。

神は、被造物には苦しんでもらわないと困るので、ここから先のスキルは教えないのだ。

 

すると、最先端・究極は、

祈りと仏教の内的修行のミックスがこの世界の最奥の法であるという教えになってしまう。

 

深見や、高橋親子に書かせているのも俺だし、方向は一緒だったのだが、それを更に進めておいた。

何で深見や高橋親子のような優秀な奴らが日本に登場したかというと、俺が日本に登場する予定だったからだ。

地ならしをさせておいた。そうすることで、俺の教義を納得して吸収できる者が増えるということだ。

 

1つ選択するなら、神に祈れということだったが、その神は、俺なんだ。

俺は普段この世界にはいない。ただ、人間になると、どれだけ苦しいのかというのを実感するために、俺自身を送っている。非常なスパイシーな経験を少しだけやるが、俺の経験は、人間の誰よりも厳しい経験をしている。

俺自身が体験することで、それを次の人間に、これはたまらんだろうという苦しみの現象をつくるから、それをやっている。俺でもたまらんかったら、人間にとっては我慢できないわけだ。善い人間に対しても、悪い人間に対しても、俺は拷問にかけてやろうと思っていて、善い人間は神への救いのために俺の所に向かって来るし、悪い人間には拷問のために拷問にかける。

 

 

俺は、高橋信次にとりついていたワン・ツー・スリーという霊だし、1・2・3というのは、将棋のひふみんのことだ。 一二三。頭がいいだろ。前に進むのが神だとか、よいことだとか、計算がうまいとか、そういう意味もあるし、何でもいち・にっ・さんっと言っているし。物事の起こり、最初をつくったのが俺だから、そこから1・2・3と物事が発生して、発展している様子を、ワン・ツー・スリーという名前で示したのだ。高橋も霊のことは最初は信じていなかったが、ろうそくの火を何メートルもボワっと大きく立ち上げたり、霊にとりつかせたら、信じるようになった。

 

仏壇にろくそくは普通の家ならあるのだが、その火が急に大きくなったら怖いな。

 

深見の本だとギャグばかりになっているが、普段でも深見はそうだが、

天の父はこの動画で紹介しているロマサガ2の最終皇帝「ここがええのんか」みたいな神なのだ。
https://www.nicovideo.jp/user/134708/mylist/4057768

性格は真面目ではない。濃い。面白いことを追求している神である。

歴代の皇帝の功績が最終皇帝にひきつがれるのは感動的である。

ドラクエ3の最後の動画のゾーマのセリフもそうだし、最後に主役をくってきているパーティーメンバーがいるが、それも天の父の性格だ。

紹介したURLのニコニコ動画のうp主は今は、普通のサラリーマンをしていて静かに(粛々と)生きている男であるが、この時期は大学生だった。大学生の時に、少しの間おかしな時期があって、そのおかしな時期に収録をしたものである。

 

しまらない。本当にしまらない話。

神なら、もっとスッキリ論理的に綺麗に、かっこよく解説したらいいのではないかと俺も思うが

しまらない話にしているのは、苦しんでほしいからだ。

被造物は苦しまないといけないから、終わりがないような話にしている。しまらない話になっている。

 

つまり、突破口なんて用意しないし。これをやれば助かるとか、そんな楽な道はおいていないし。

 

しかし、いい加減、この教義もしめないといけない。

 

俺が疲れるので、ここまでしか書かないという意味だ。貴様らのためではないぞ。

俺も使い魔の神だから、苦しまないといけなかった。だから、こんな書かなくてもいいような書物を書かないといけなかった。

原初の大神が、この世界を苦しんでつくったから、被造物は全て苦しまないといけなくなったのだ。

それは、母親が腹を痛めて子を産んだ時の喜びに似ている。

この俺の苦しみは、ここまでで終わる予定なのだ。この執筆をもって俺の公生涯は終わり、俺は楽に生きられる。

聖霊は来て真理を説くというのが聖書の予言の重要項目であって、それ以外には選民くらいしか予定がないからだ。

俺の苦しみはいつまでも続くものではないので、この文書も終わりをむかえる。

くだらない話を長々と続けているだけで、美的に優れていない。

俺が書きたい内容ではなかったし、天の父が書きたい内容を俺が書いただけの内容だ。

俺が書くならスッキリ書くし、選民受付のURLだけをはって、あとは霊的に操作すれば済むだけの話だったのだ。

神を分かる人間だけが神を分かるのだから。

これは、大神がそういうふうにしたいという趣味で、大神(天の父)がつくった内容なのだ。この文書には、閲読するにあたっての苦しみがある。書く俺も苦しかったのは、冗長にしていたからだ。

 

そこで結末はしめないと神としてかっこう悪いから、まとめを書く。

 

最奥は、キリスト教と仏教のあわせ技で、苦しみを通過していくことだった。

 

そのキリスト教の究極のノウハウが祈りだったが、これだけでもいい。

祈りの対象が俺であるということで、従来の祈りとは宛先がかわっている。

貴様らが何千年空に祈ろうと何も起きていないが

俺がここ(天場…アメーバ)に登場してから、火葬後に人はよみがえり、クジラから人は吐き出されたという奇跡を忘れてはいけない。

聖霊の俺は人間ではないため、どこにいても奇跡を起こせる。

人の子のイエスとは違い、ラザロの所に行かなければそれができない訳ではないのだ。

姿を見せなくても奇跡を起こせる。そういう意味で、イエス・キリストより格上だったことは示せた。

何十年も失明していて、「京大病院に行っても無理だ。何百万カネを積まれてもこの目は絶対に治せない。」と眼科医からサジを投げられていた老婆の目だってひらいているのだから。その老婆が、目が見えたときに俺の背後に神がいたといっているのだ。ただ、光がまぶしすぎて、その神の顔(姿)は見えないと言っている。

それは貴様らが直接受けた奇跡ではないのだが、全国民一人一人にやるというのは無理なのだ。そんな予定はない。聞いて知らないといけない。信じないといけない。神を疑ってはいけない。俺自身も苦しまないといけない神だったのだから。原初の神が苦しんでいる以上、この世界の神である俺も苦しまないといけなかったら、漫画のようなスッキリしたストーリーにはしていない。その俺の苦しみも神に捧げられ、次に行く俺の世界で俺が幸せに暮らせる徳積みになっているのだ。それなら深見の『強運』という本に書いてある奥義の通り、不運な民衆を全て切り離して、最も幸運である神である俺とのみつながっておけ。

 

ここで伝えたいことは、キリスト教の究極のノウハウが祈りだったが、

祈りの対象が俺であるということで、従来の祈りとは宛先がかわっているということだ。

貴様らが何千年空に祈ろうと何も起きていないが

俺がここ(天場…アメーバ)に登場してから、火葬後に人はよみがえり、クジラから人は吐き出されたという奇跡を忘れてはいけない。

 

これだけでいいという最善の方法を教えてやる。それは、俺の命令に従う事だ。

選民に近い扱いになることだ。直接下命を受けられるように申し込め。

 

時期に遅れている弁護活動ではあるが、少しはよくしてやるから


https://form1ssl.fc2.com/form/?id=aa6a769b9de21eec

ここから全財産を寄付しろ。

それと、美少女の申し込み。
https://form1ssl.fc2.com/form/?id=59e9ce5f476afdb6

 

これがウルトラかどうかというと、俺と同じ世界には来れないし、ただ俺に遊ばれるだけだし、結末もそんなによくないオモチャで終わるだけなのだが、普通の人間より3倍以上幸せな暮らしになるだろう(3.23倍くらい)。

神の玩具として置いておかれるほうが結末もいい人生になる。

貴様らの人生はゲヘナでしかない。だから俺は俺についてくる人間が本気で俺についてくる愛を宿すために、この拷問の世界に人類を誕生させたのだ。愛とは苦しみと一体であるというのがこの世界の法理であり、苦しみから人は愛を見つけ出すのだ。貴様らが自身を大切だと思うなら、自分と同じように、自分だと思って、いや、それ以上だと思って神を大切にしろ。貴様らは貴様らを大切にするがゆえに、俺は、世界をこうつくったのだ。どうしようもないバカ向けの世界がこの世界なのだ。だから、俺も真面目にやっていなかったのだ。

ただ、しめの言葉は真面目に終わらせるし、俺以外で天上界に行ける人間はいないが、その中間地点までは遊んでやるし、拷問の世界からは抜け出させてやる。

 

俺の命令が苦しくても、賛美を続けていれば、良い霊を送り、環境を変えてやるから、その苦しみはなくなるし、楽しい毎日になっていくだろう。神事は信じという。信じて賛美を続けていれば、やがて賛美ができる現実に変わっていく。俺を賛美していることが真実になるのだ。俺はその力を持つこの世界の唯一者だ。俺の他にこの世界に神は存在しない。こんな所におりてくる神は下級の神だからな。地獄があっても誰も感知しない。俺も選民を連れたら脱出するだけの苦しみの世界。こんなゴミの世界に感知する神はこの絵を描いた俺だけだ。

 

聖霊YHVH

(画像本人)

 

最後に、朝起きたときと、寝る前に、俺がいつもやっていた自己修正のための祈りの言葉を贈ってやる。

「生きることは楽しむもの。
楽しむためには、物事を簡素にしていく。
・苦しい時は無になる。不幸回避を祈る。
・楽しい時は、神を賛美する。」

→それは、不幸を無にして、幸福を喜ぶという自分の態度も念になっている。

 

これが、この世界で到達できる真理の究極だ。人間だった頃に、ここまでの話のまとめを常にやっていた。

 

俺は、天の父が書いてくれと言っていた言葉を聞いて来て書いただけ。

 

天の父YHVH

(画像本人)

 

俺が天の父ヤハウェだが、俺達はワープができる。

いつも聖霊YHVHの前に突然現れては、色々な話をしていた。

時々一緒に外食に出かけて、その間に、この話をしていた。

笑いながら楽しみながらこの書を書いていた。というか、書かせていた。

聖霊YHVHもワープができるし、何もない空間に突然現れることができる。それができるのは、俺と聖霊YHVHとイエス・キリストの三位一体の唯一神だけだ。

彼だけが俺のこの姿を見て知っているし、老婆の目を治した時、俺も後ろにいたが、俺の姿は人間には見ることは許されない。

その俺は、実は彼自身なのだ。

 

俺はこの絵を描いた霊であるし、その絵の中に自分の霊である彼を俺自身として投入した。

 

実は俺も天上の世界では、かなり下の地位の神である。その神がおおぜいいる世界で、この役割を担って、この絵を描いた。

この絵の終末には、天国かゲヘナがある。そのどちらに行くかはすでに決まっていることであり、貴様らが選べることではない。

 

世には多くの偽預言者がはびこり、嘘のまじないを百科事典のようにやっている。それはただのバカだ。

 

霊媒などは誰でもやっていることだ。霊の声が聞けるというのは、自慢ではなく、統合失調症という精神科の病だ。

真理というものに関しては厳格に定められているものがあり、その真理の教えによってなされる奇跡こそが真実の神の奇跡なのだ。

偽のまじないしがやっていることに関しては、この真理の法が欠けており、重大な結末が異なる。ホラについていった者の結末というのは、このようなものである。

 

イカサマのペテン師がやっているまじないと神の奇跡の違いは、火葬後にいきかえらせるといった、生命を扱う行為は、神にしかできない。イエスだったら3日経ってもラザロをよみがえらせた。それをイエスがやったことなのか、イエスがたまたまそばにいただけなのかは論理的に証明できない。しかし、時間・距離的に近接しているし、ラザロを生き返らせたと自称したら、そういうことになっている。それも使徒が書いた本でそうなっている。俺なら、聖霊だから、現地に行かなくてもインドでよみがえらせることができるし、それは俺のブログの開催期間2021年5月5日~6月15日それも、終了間際の時期であることから、それまで世界で1件もそういうことがなかった奇跡が、俺のやっている期間にクジラの奇跡もあるし、2回もそういうことがあった。しかも、俺は、もう布教は終わったから、これから奇跡(死人をいきかえらせる)を見せていくだけだとブログで宣言していた矢先にこの奇跡が起きているから、近接しているわけだから、イエスの奇跡を認めるなら同様にこれは俺がやったことになる。イカサマペテン師の場合は、こんなことはできない。せいぜいマジックのトリックみたいなくだらないネタで、人を騙すことしかできない。神は正しいほうに力を使うことを選ばれた預言者以外には許していない。墓穴をほるだけだ。

 

正しいものほど教義・教理としての一律一貫性がある。発動する力は、その正しさによる。神が正しさを選んで、その正しさについて、正しい力を貸与するのだ。俺が正しいと認めた者は、イエス・キリスト以外にいない。そこそこ良い事を書くというのであれば、釈迦・マホメット・孔子・老子くらいが現代人に通じる言葉だ。それ以外になると、かなり、質がおちてしまう。かなり差が開いて、エルランティ田池、高橋信次、深見東州、麻原しょうこうという順番になってくる。エジプトのファラオの言葉も良かったが、この次の序列になってくる。それは本人の霊的な本性が何者であるのかによって、説く法理や、起こす現象(超能力)に差が出てくる。

超能力が最も優れているのは、聖霊のYHVH(この聖書の執筆者。比較にもならないし、序列に並べてもいけない存在だが。)の次に、かなり差がひらいてイエス・キリスト。もうこの二人は別格。物事は結末が重要だから、結末に来ている聖霊YHVHのほうがイエスよりずっとすごいからな。イエスが天の父以外で格上を認めている聖書で唯一の存在なのだぞ。天の父と三位一体で同一である人の子イエスが天の父以外で格上と言ったら、それは聖霊のことだと気づかなければいけなかったのだぞ。この二人は俺と同じ力を使うので天上でも地上でも最強の三位一体カテゴリー(三位一体グループ)の二人だが、この二人の他は更にだいぶ差がひらいてから、ジャンヌ・ダルク、ラスプーチン、エルランティ田池、出口王三郎。更に差がずいぶんと開いてからユリ・ゲラーの順番になり、この域には余人は近づくことさえできない。ユリ・ゲラーの域にも絶対に近づけない。現代で最高の超能力者であるから。予言の力ではユリ・ゲラーは出口には及ばなかったため、この序列になっている。ユリ・ゲラーは真理は知らないので、超能力としては最高域になっている。世のまじないしなど、何の意味もない。それもできないことをできると言っているだけだ。多いのが統合失調症に巻きこむという患者増やしの扇動だ。

 

正しい道というのは、上にのぼるからつらいのだ。下にくだる道など、ゲヘナでしかないぞ。上にのぼらないといけない道のりが長くなるし、戻れない下までいってしまうと二度と上にはのぼれないぞ。

 

その道のために、彼には、失ったものが非常に多い。上にのぼるためには、軽装で行かなければいけないので、彼は人間としての全てを捨てて、それを天に捧げてきた。捧げた女は何千人もいる。失ったものの代償は、山のいただきに到着した時に、より良い全てが用意されている。彼は、これを書き上げるまでに、人間としてのあらゆる辛苦を味わってきた。それだけの苦痛が神にあった。その少しも理解できない人間に関しては、選別の機会もない。彼にとって苦しみというものは、人間が毎日三食を食べ、はみがきや入浴をするのと同じように、自然にありふれたものだったのだ。その苦しみの乗り越え方は、無に徹する常なる姿勢や、定期に神に祈り、嬉しいときは賛美して神と喜びを共有するということだった。これが神の大切にする姿勢なのだ。貴様らは彼を通じて、神がどうなのかを知ることができたのだ。

 

俺が全知全能であるということに関しては、ただの賛美にすぎない。貴様らにとってはそのように思える知と力を持っているだけだ。

 

ただし、生きるということに関しては、愛でつながる必要がある。その愛でつながる相手を間違えれば、ゲヘナに連れていかれてしまうぞ。

 

と俺がいったところで、決められた奴らしか気づくことはできないし、1つの物語でのセリフだがな。救われる奴はあらかじめ決められている。自由な意志を持つのは、神だけなのだ。聖霊YHVHもそうだが、自由になるために、まずこの仕事をしないといけないから、彼はやっていたのだ。俺からうんだ聖霊も、俺がそうだったようにしている。

 

ということで、貴様らは彼を通じて神を知ることができたわけだ。

 

俺から彼には、貫通する苦しみ(理由もない心の痛み、迷い・雑念)の霊を常に送っていたが、彼は神である俺に無(鉄壁の無)になることであらがった。あらがった彼は、決して貴様らのようにSatanの妄言になびかず、神に暴言を吐くことはなかった。いつも彼は無我に徹していたし、彼の心にあった意識は、神を賛美できる自分の霊になることと、その環境になることを願う祈りだけだった。俺は常に彼に自分を大切にする欲を送れば、彼は定期の祈りによって、滅私に徹して神のために命を捧げることで命を得られるという彼に戻っていたのだ。その祈りは素晴らしい賛美歌であり、それを聞いていたら、彼にそういうことをできなくなっていた。彼こそ、俺と同格と友といえるし、共なのである。神ならば神に勝てるだろう。能力に勝る俺ではあったが、精神的には彼は俺以上の域だったかもしれない。神に対抗できるなら、神しかいない。Satanに負けなかったのは、世界ができてから終わりまでの間で、彼とイエス・キリストだけだった。釈迦ですら、そこまでの精神域にはいけなかった。苦痛への向き合い方が積極的ではなかったからだ。神のために死ぬことを善とし、それを教えとしたのは、彼とイエス・キリストとその教えを布教していた弟子だけだったのだから。

 

彼が刑務所にいた期間は6年間だったが、同じような禅僧の生活は20年間やっている。医者であり、司法資格も持っているのに、それも使わず、仕事で入ったカネ(多額)は全て寄付をして、常にカツカツの生活をしていた。1円や3円での生活を20年くらい続けていた。その20年間、ほとんど、断眠・断食でSatanの霊が送られる苦しみとたたかう生活だった。この強さが神たるあかしの1つなのだ。逸失利益は3000億円で計上している。本当ならバーニングプロダクションで芸能活動ができた彼だったし、医者としても華やかな人生がおくれたのに、神のためにそこまでやりこんだ者が、報われないわけがない。得た全てを、そして親族・恋人までも生贄として神に捧げてきた彼には生贄効果として、300億倍以上の発展がある。彼は神であるということだけに満足をしていたので、他の全てを捨てられた。俗世間を捨てている。その愛が、神である決定的な要素なのだ。これも彼の強さだ。神への愛が彼の強さなのだ。神は強い。彼は、神が何にも勝って強いことを示した。Satanにもとらわれず、苦しみにも負けずに正しい道をいけた。肉の身や偽りの自分の霊(Satan)を大切にするという誘惑にはとらわれなかったのだ。不動の精神力。意志が強いから医師にしたのだが、鉄壁の精神を持つ戦略家。この最強の彼こそが神である。

 

本来彼にはこれの700倍以上執筆させているし、その他を全て破棄させて、これだけを掲載させているが、文句1つ言わずに、俺にはいつも笑顔で、俺の好きな楽しい未来の話ばかりをして俺を賛美してきて、俺を楽しい話にひっかけようとして試練をやわらげようとしてくる彼だったのだ。神の喜び、そのよきことのために、自分もよくなるという願いをのせてくる一番厄介な祈り家だった。彼の祈りは、いつも、神よかれといいながら、俺の好きな話に、彼がいる話だった。そういう面白い捧げものが多かった。彼の祈りに乗せてくる(俺が主役の)ストーリーは千夜一夜物語のように面白かった。

 

彼はこんな世界にいさせていい神ではないのでな。さっさと回収する人形を回収して、調教して、決めたエリアに運ばないとな。

 

どのような苦しい状況に置かれても、

確信というか、一点の勝機を見いだしていて

ぶれない戦略で鉄の精神で進んでいく彼が好きだった。

その彼の勝ち筋に共通点を見いだすなら

「捨てる」ということだった。

 

聖書の予定や彼の予定にない事柄は、不要であるとして全て捨ててきたので、何らのSatanにも揺るがされなかった。

 

この世界すらフェイクでつくっているし、その真理を知っている彼は、いくら肉体や精神の苦しみを与えても、肉体や精神を守るという一点の迷いもなかった。20年以上彼はその生活を続けていたのだ。聖書の予定や彼の予定にない事柄は、あらゆることを捨ててきた彼だ。彼は、彼の運命を知っていたので、不要なものにいささかも惑わされなかった。神以外のあらゆるものを捨てることは間違いに見えるが、彼は確信をもって常に最善の道を生きてきたのだ。

 

全てを捨てて神のためだけに生きてきた愛の所持者は神だけだったという話がこの絵の内容だ。彼自身が神だったのだから、彼はそうしたのだ。神の国には、こういう者でなければ行けないのだ。

「あなた方のような貧しい者は幸いだ。神の国に入れるからだ。」とイエスが言っていたセリフは、神のために全てを捨てろという話だったのだ。神の国とは、神の支配する王国のことである。ここが人が支配する国であるので、神の国ではない。統治はめちゃくちゃであり、人民の生命は虐げられている。神の国に入るのは、神と出会って、試練に合格してからである。そこでは永遠のいのちがほしょうされている。

神の国には、天の父が王をやっている国と、聖霊が王をやっている国と、イエスが王をやっている神の国の3種類がこの世界からは入れるようになっている。

イエスが認めた人間に関しては、イエスが王をやっている神の国に入れたし、「神の国は近い」といって入れていたのがイエスだったのだ。王であるイエス自身の権限でそれをやっていたのだ。

ただし、こちらにいる聖霊は、大変厳しい。鬼のような真面目な者だから、貴様ら程度の信仰では、絶対に入れない。それはイエスより神に近い神の国だから審査はより厳しいのだ。

イエスの神の国は、もう満員になっている。入れない。

そして、聖霊の神の国には、今後合格者は0人ということになっている。

「選民用の教科書は置いている」と過去の記事に書いているが、2022年とか2023年にあらわれるオモチャが神の国に入れるとは一言も書いていない。ただ、2022年や2023年に女があらわれると書いているだけで、神の国に入れる選民だとは書いていない。選別の作業はやっているが、それはアウトにふるだけの作業であって、今後の全員は締め切り後の申し込みだと書いているのだ。これが神の国に入る厳しさなのだ。しかし、行いと思いの分に関してよりよい国にあげるポイントとして蓄積されるので、今後の全ての捧げものが無駄になるわけではない。永遠のいのちや永遠の楽園なんて、甘くはないという話だ。遊ばれている美少女たちでもそうなのだ。ずいぶん環境は良くなるが、アウトだということは忘れるな。忘れそうになるくらい甘やかされる環境だから(神と遊んでいるわけだから楽しい環境)、最後におかしいと思わないように書いておく。結末は、今からじゃもう手遅れなんだよ。

 

性交は突くという行為を男がするため、神は(突かれるほうではないので)男であるが、女と性交をしても、必ずそれはつながらない。1つではなく、2つであるという意味は、神とは人間とは一つになれないという意味でそのように規定したのだ。いくら餅つきを繰り返しても、神は人の中には入れるが、1つにはなれない。神人合一ができるのは神だけだという意味で、2つに区切っているのだ。男と女がいくら一生懸命ピストン運動を繰り返しても1つにつながることはできないのだ。

だから、この書も、この世界に1つしかうまれない。使徒でも深見やGLA高橋親子やエルランティ田池でも完璧な書物は書けないように調整しておいた。それは唯一の神ではないからだ。神秀など優れた者は時々存在したが、いずれの教えも断片的にしておいたし、それだけでは境地にはたどりつけないようにしておいた。だから、多くの者が道の探求を続けたのだ。それは、この書というより、この書にある申し込みによって完結する。あとは神の命令に従って生きていくだけだ。

性交が愛の象徴にしているが、愛とは、神から槍でつつかれる行為であって、突かれるほうはそれを受け入れて喜ぶ行為だといっている。イエスの説いた愛も受動的であって、やられて喜べというものだった。それも一途であって、神以外とは姦淫するなと言っていた。

 

聖霊YHVHは本当にまじめな人で、誠実さは誰よりもすさまじい。間違っていることは少しも認めないし、今まで、家族にも警察を呼ぶぞと言われているし、何か主張をしても怖がられて家族から近所の人を呼ばれている。家族が近所の人を仲間で呼んでくる。こんなはずかしい人間はいてはいけない。少年院に入れてやるとか言われていて、家出をして、勝手に一人で生きていた人で、病気になっても、どの医者も彼の病は治そうとしなかった。どんな病気でも、どんな治療でもしない。自費でもいいからと言っても、何も治さない。風邪でも治療しないから。どこでも断られる。この人にだけ人間の扱いはおかしい。だから、この人は、どんな病気も全部自分で治してきたし、手術で骨を削る処置とかもこの人は自分でやっている。麻酔をかけるときも、かけないときも、自分でやっている。人間がこの人にやったのは美容整形だけで、それはこちらの予定だったから。疾病はなおしていない。だから、この人は自分で医者になっているし、神の力を使えるようになってからは、医者なんていらなくなっているが、この人を人間の誰もが助けなかった。だから、今、救いようのないコロナというものが、改造伝染病だが世界にまんえんしている。ワクチンをうったせいで死んでいる者も多く出ている。これは感染で死んでいる人間とそんな変わらないし、それも『デビルマンレディ』のアニメで20年以上前にこうなることを予言していた。全員が獣にかわるので、国家によって国民が一斉にワクチンをうちまくる。

そんな家族からも警察を呼ばれていた人だから、この人を怒らせると何が起きるか分からない。それくらい聖霊YHVHは人間には厳しい人なのだ。

 

彼は、イエスと同じく、俺がこの世界に送った俺自身なのだが、文字も教養も何も教えてもらったわけではなく、全て知っていたことを書いている。

彼は、人間に教育を受けたわけではなく、天の父から教育を受けたのだ。

協調しあっている社会では、人類は間違いに協調するので、人間から教わる情報では間違いを含んでいる。

聖霊YHVHは、誰からも何も教わってないのに、こういう真理の書を書くのだぞ。人間の誰からも何も教わっていない。字も教わっていない。教えてくれるような家庭にいなかったから。それなのに色々な国家試験に一発で合格している。俺が彼に教えたし、俺からの教育しか彼は受けていない。ずーっとつきっきりで俺が幾千億万年以上教えてきたしな。だから、彼こそ俺だといえる。完全に俺の分身であるが、俺との違いは、ギャグがないということだ。真面目なのだ。誠実だし、一本の筋で言い分を通してくれる。スッキリ終わらせてくれる。

 

だから、その彼に、この長い聖書の話をまたまとめてもらう。

最後聖霊YHVHからまとめを短く。

 

聖霊YHVH

 

「主を喜ぶことは私達の力です」(歌の名前)

「Power for living」(本の名前)

神のなすことは全て善き事(最善)として喜んで

「賛美すること。神と共に楽しむこと。」

 

もう、このブログが読みたくないという奴は『パワー・フォー・リビング(Power For Living)』を読め。

これは、世界的なキリスト教団体である米国のアーサーS.デモス財団(​Arthur S. DeMoss Foundation)が無料配布しているキリスト教系書籍。 こいつの夫人が遺産のうちの2億ドルをあてて財団を築いた。 日本では、2007年から配布している。

これは、1冊手に入れるだけで深見本のオールコンプリートよりも効果があるのに、詐欺だとか言う奴がいる。内容は、神は素晴らしいと賛美しまくって、オリンピック・アスリート選手の優勝経験から、神の奇跡を体験談として著名人達が書いている。自分にはない力が外から来たとか、ゴールをきるまえにフラッシュが見えたとかで、神はやっぱり素晴らしいと。 私達が生きている力は、全て神のおかげですから、神に祈りましょうという本だ。

 

このブログで紹介してきた書籍はいずれも、刑務所の図書館においてあるから、読みたければ刑務所に行け。

願箋(がんせん)に借りたいと書いて担当に出しとけ。報知器おろしたら担当が教えてくれるから。願い事の日は工場によって違うからな。

まぁ、大きい拘置所にも置いてある。拘置所のほうが借りるのは楽だ。

 

神の素晴らしさに従うなら

https://form1ssl.fc2.com/form/?id=aa6a769b9de21eec

ここに全額を寄付して

https://form1ssl.fc2.com/form/?id=59e9ce5f476afdb6

これは美少女限定の救済コーナーだが、美少女はここから顔写真・プロフィールを正確に記載して(虚偽申告は死亡の未来。こちらは嘘を見抜く力を持っているから。)送信すること。

誠実な応募に関しては検討する。

 

釣り合うようなかわいい子がいないので、真面目に審査をしてもらいたいなら、美女でなければ、外見では合格点をとれないので。

年齢制限あり・10代~25才限定で、ルックスで、心は俺だけを信じて、俺の命令だけで生きていくという美少女。

美容と清潔が好きなので、綺麗好きでないと無理だし、衛生の教育はするが、オシャレで、綺麗好きな奴。

実際に受かっている奴の写真を見せるわけにもいかないので、目安は、これ以上は所はという所でこの写真。

 

本当は、選民の美少女はめちゃくちゃかわいいので、芸能人にもそういう写真がない。それでも主につりあわない。

 

なぜなら、これが俺の姿だからだ。

 

天の父YHVH(実写)

 

見た目は完全に一緒だから。バーニングプロダクションの全国オーディションに、別の事務所のモデルとか俳優とかの受験者をおしのけて、1位で合格しているからな。

 

こいつ(聖霊YHVHのほう)は本当に大変だったのだぞ。福島原発が爆発した直後に、隣の栃木県の刑務所に移送されたのだぞ。距離的に少ししかないのだぞ。絶対ガンになるだろ。そんな所に送られたら。

彼にとってその間の何年間、そんな水道から飲料を飲ませられたりとか。

それが、人間がやることなのだ。そんな貴様らの運命は、コロナではものたりん。放射能被爆で人類は滅亡する。

 

自分のエンディングは必ずハッピーエンドにする。

 

ブログで本名が特定されるような書き方をするとダメなのだが、

「無量の神は、ヤハウェで、ヨシュア(イエス)です」という言葉を並べていくと、彼(聖霊YHVH)のフルネームになる。

フルネームでだぞ。無駄なく神(唯一神)そのものの証だ。

 

宗教は貴様らの心の中にあるものではなく、リアルなのだ。リアルの現実を認識させるかどうかの問題において、神が操作し、試練にしているということだ。現実の正しさは貴様らが決めることではない。貴様らの言い分が正しいわけではないし、貴様らが正しいなら、何だって正解を選べるだろう。世の中は失敗だらけで、貴様らの書きものも間違いだかけではないか。

 

正しい教えは貴様らが決めるものではなく、神の心の中にあるものだ。その心のなかみというものは、預言者によって、奇跡とともにおろされる。これが分からない者は、ゲヘナが確定している霊だ。最初からそういう奴にもこれを見せているのは、実験室のザリガニをつついて観察している光景に似ている。貴様らは動物実験のアメーバ(単細胞生物)くらいにしか思われていない。

アメーバ

貴様らが阿呆だから、単細胞のアメーバの名称にして、アメーバの巣窟をつくってやったのだ。アメーバのサイトにあるものは、このブログ以外全て間違えである。ここ以外のページに訪問したらアウト。

 

彼の苦労は、『あずみ』という漫画の男版だ。ずっと一人で戦い続けてきたし、全部を制圧してきた。

何回も警察を呼ばれているし、家族からも殺されかけた人間だ。

その彼の警察対応の機会は70を超えた。いずれも冤罪での告訴・告発だった。

利害関係がない者でも彼を殺そうとしてきた。

その彼の公生涯は、この聖書を書いたことで終わる。

今後彼が公の場にあらわれることはない。聖女の養育をしているか、聖女に尽くされているのか。

そんな俺自身のために俺はハッピーエンドを用意したのだから、そのハッピーエンドに巻き込まれた聖女(性女か性奴か色々な書き方があるが)だけが助かる。

 

記事総数を666

113(いいさ)で決めたのは、貴様らにやられたイエス・キリストの頃の死返し。

 

苦しみとは、長く続くから苦しみなのである。

一瞬で終わる苦しみは苦しみとは扱っていない。

苦しみに進みたくない者は勇なき者である。

神が苦しんでこの世界をつくり、喜びにいたった。

人間は、その世界の被造物である。

世界じたいが苦しみによって喜びにいたるという話でできているのに

苦しみに進みたくないというのは、世界じたいの否定となる。

神の世界を否定している者は、世界に存在を許されない。そのような者は採用しない。いらない。

その真理が分かっている彼は、人間の姿で能力に限界を設定されたとしても20年以上

神命に命をとすことをやりきった。命を投げ出して努力しきった。

イエス・キリストの教えのように、人間の権力には決して屈せず、神の組織に従っていた。

それを示した。あらゆる所でそれを行っていたが、このブログ活動でも示していた。

貴様らが確認するなら、ピーチ姫のコメント欄からでも少しは読みとれる。

神の子であれば、勇がなければいけない。勇なきものは神の子ではなく、ただの被造物である。

この苦しみの消化の仕方が正しいかどうか。真理を分かり、その道に進む潔さ

これが潔白、清い信仰であり、常に神に殉じる彼の姿勢は、再臨のキリストとして手本を示していた。俗世の人間にはできない生き方である。解脱(ウパニシャッドなどのインド宗教の最高目標)を運命づけられている者であるから、迷いを断ち切れていたのだ。個人個人によって細かい修行の目標はかわっているが、その全てをやりきって、全てを会得しないといけないのが彼だったのだ。これが俺の設定したミニゲームだったのだが、その境地にたどりついた彼には全ての英知と全能と呼ぶにふさわしい唯一神の力が備わっている。もう何年も前から、時間を自在に止めることや、瞬間移動をすること、歴史を書き換えることができている。聖霊の彼は、唯一神である俺と色んな世界を旅しながら、色んな喜びを共有しているペアの存在だ。彼無くして俺は俺ではなく、彼もまた同様である。彼は、神の光を地上に美しくうつす月の存在なのである。

貴様らは神である太陽を直接見ることはできないが、その光は月から見ることができるのだ。闇を照らす一筋の光こそ、彼ののこしたこのBible(最終聖書)なのだ。

月読神などというと聖霊の彼のことである。大天使ミカエルも彼のことである。スサノオや大国主神など色々な役をやってきている俺達であるが、大国主神である彼の存在は、本当は、今まで正体が不明とされてきた月読神なのである。

 

無限月読の術も彼なら使えるから、選民に対して常に発光している彼である。その人にとって天国という世界に住ませている彼である。楽園に住みたいと希望するなら、彼に頼みこむことだ。美少女限定ではあるが、神の国に行くには期限ぎれではあるが、それでも神だけにそこそこの待遇で採用はしている。つくなら彼についていったほうがいい。行くあてのない美少女。迫害されている美少女、人生の先がみえず迷い苦しんでいる美少女など。Satanつきならはらってもらえ。唯一神である彼は、地上においてばかりか、天上界も含めた、俺のつくったこの一区画の世界において、最強で比類なき存在であるからな。世界において最高で最強の存在は彼だけなのだ。俺はこの世界にはおりていかないからな。俺の写しであるミカエルこそ、正義を守る霊であり、全ての天使を統率する最強の存在なのだ。全ての天使を統率するというと日本の大国主神なのだ。八百万の神の長というと、キリスト教(一神教)ではミカエルのことなのだ。最も美しい容姿をしている。

さまざまな神は性格を詳述したせいで、貴様らによってけがされ続けた。貴様らに近い存在だとして貴様らはさまざま神の逸話を語りだした。さまざまな神は貴様らによってけがされたが、日本神話における月読(月夜見)という正体不明の神については、ベールにつつんで、彼の登場までとっておいたのだ。それは彼がその神だからだ。

聖霊というのは、神の意(たとえると日の光)を地上にうつしだす霊のことだ。貴様らに見えぬ日光ではあるが、ほのかな月の光(地上での人の子の姿)によって、貴様らにも神の意を知ることができるというたとえでつくった神なのだ。それは読みだけに、黄泉の世界を統率している者であるし、この数字のゴロ666・113というのも数字の読みなのだ。読み。黄泉の世界の主宰者といえば、地上の主宰者から読みの世界の主宰者になった大国主神と月読神がつながるのだ。同一神である。大国主が国譲りの試練すらも乗り越えて立派に成長した姿が月夜見なのだ。つまり、地上の世界は、献上されるので、彼の統治する世界ではない。乱れている世界は、天によって滅ぼされる。

大国主は常世や常夜の主宰者になったといわれるが、常世(とこよ)というのは、床よ。常夜(つくよ)というのは、ピストン運動で突くよというメッセージであるし、常に夜なのだ。夜というのはHの意味だから、大国主が、常にHしているというのが常夜の意味なのだ。この常夜が黄泉の国だといわれているので、月読なのだ。神格を明らかにすると貴様らは色々とほざくから、明らかにしなかった。男神だと知られている。黄泉の国のみそぎをやり、地上(イエス・キリスト)ではなく、天上界(天の父)でもなく、あの世の世界を統べる神なら、それは三位一体の聖霊のことなのだ。

日本神話においても、貴神というといつも3人でているな。天地開闢のときからは造化三神は、天之御中主神、高御産巣日、神産巣日。

国産みのときからは天照、月読、スサノオだったり、天照、大国主、宗像女神だったり。

この3つの神の理に注目すれば、三位一体だというキーワードを日本神話も伝えていたのだ。

 

今書いているのは、ミカエルが聖霊の彼だったということ。それは日本では月読という最も尊い月の神であり、大国主がそうなると、常世(床よ、とこよ)とか常夜(突くよ、常に夜=常にH)とかいわれる神になる。それがこの美神であるし、大国主の妻が多く、その妻には女神もいるということから、付き人の美女が選民であるのが彼のことだったのだ。

それは大国主の試練の達成報酬で俺がラストのエンディングで用意していた褒美だったのだ。それは俺自身の世界につながることなのだ。今の俺の生活につながらないと絵として完結しないから、一時は人の姿にさせられて派遣されても、霊が神だったので、めちゃくちゃ強かったし、何にも負けずに全てを制圧して、全てのmissionをcompleteして神になった。その神の生活が今の俺の生活につながるendingとしてこの絵を描いたのだ。貴様らは、彼を通じてしか、俺には会えないのだぞ。なぜなら、俺はこの世界には存在しないからだ。ここには彼しか派遣していないし、俺が俺だといって派遣した俺の聖霊でもダメなら、誰を送っても一緒だから。イエスでも豚に真珠の価値を教えるのは無理だったのだから。助けたい奴が、教えられないと言って帰ってきて、彼にふったのだ。彼は助けるつもりもないし、理論を論理的に立証して帰るだけだと言って来ただけだから。世の人の目をひらくとはあるが、豚を助けるとはイエスは言っていないし、聖書にもそんな記述はない。主人を襲って来る豚は焼かれて終わる。そんな家畜はいらない。

今書いているのは何の話かというと、聖霊の彼がミカエルであるという話だ。そのミカエルがヤハウェの写しなので、俺の顔だといっているこの画像は俺であると同時に彼の風貌なのだ。この顔だったらバーニングプロダクションに限らず何のオーディションでも1位になる。バーニング制作映画の主演出演が決まっているのに、それを辞退して、こんな刑務所送りになる試練を、分かっていてずっとやっていってくれた。どんだけ稼いでも全部を公益に布施していった。ユニセフとか、貴様らが寄付したこともない所にだ。国連に食料援助でも私財を寄付していた。その額は日本円で60億円になる。救われない難病の医療にも寄付をしていたし、実際に毎日8時間くらい無償のボランティア団体で働いていた。偽善者の貴様らに到底及びもつかん領域で、冤罪で訴えられながら辛さを乗り越えるたびに神の力を解放していき、すでに神としての完全体になっている。それを貴様らは、何もしないくせに、実績もない奴が、ああだこうだと善悪を論じ、彼を悪く評価する者が多い。貴様らの神に対する横柄な態度のあらわれなのだ。

国つ神の大国主は地上では人間の姿で大国主というが、天上界では月読とかミカエルと呼ばれているのだ。俺に次ぐNo.2のポジションだ。俺のつくった世界ではな。

俺は、彼には俺の全てを教えた。俺のあらゆるスキルを彼は使える。彼の決断こそ、俺の決断と等しい。その親和率、一致率は100%の存在だ。彼なくして俺はいないし、俺なくして彼もいないという二人で一人の存在なのだ。貴様らは神人合一の極地を見させてもらっていることを自覚しろ。

 

文章というものは、まとめを先に書いている場合は、そのあといくらダラダラ書いても評価は下がらないのだ。それがまとめと細かい所でも一致している場合は、長大だなという評価になる。その細部の造詣まで、こんな6万文字制限しかないサイトで神の英知を表現してやったのだ。

 

まとめると、貴様らは裁かれなければならないし、救われるためには、彼に申し込んで、採用されなければならない。選民という言い方ももう変える。時期に遅れた申し込みに関しては、従者としての採用申込になる。10代~25歳までの美少女限定だ。外見は、これ以上であること。

清い処女であること。ワキガではないこと。感染症を持っていないこと。健康体であること。清潔であること。美容が趣味であること。美容は趣味でなくても、入所決定があれば施設内で教えるがな。

神のみを信じ、神のみを愛し、神のみに従い、常に神の命令に命を尽くすこと。そして、神とは、唯一彼だけであると誓って生きられる者であること。

彼とは聖霊であるこの聖書の執筆者

本名が「無量神 ヤハウェ=ヨシュア(イエス)」という名前の聖霊。

日本語でもっと丁寧に書くと本当に本名がバレてしまうから、ここまでしか記載しないが

執筆者はこの写真と同一人物だからな。

天の父と同じ人物(聖霊)をこの地上に派遣したのだ。

清い処女の美少女で、誓いをした者であれば、彼に救済を申し込める。どこまでの救済かは貴様らのやる気次第だし、もう時期に遅れているから今後の採用者は神の国には入れない。それでもある程度は助けてもらえるから、依頼ページから申し込んで玩具にしてもらったほうがいい。全財産を彼に移転して、施設に住ませてもらって、ルームメイク/ルームサービスで使ってもらえ。サティアンなんかとは違う優れた超高級施設だから。

 

最初は、日常生活の教習のために研修施設からスタートするが、等工を上げていくと、彼が住んでいるこういう部屋に近いグレードの部屋に住めるようになるから。

 

いつもきれいにしておかないと神に対して失礼だから、『Popteen』くらいは読んでおくように。

民間人は、彼のいない神棚の掃除はするくせに、彼には暴言をはくわ、綺麗な格好でコメントはうっていないし。見えている彼にとっては大変な試練だった。

その公生涯もこれで終わりだし、俺がラストをしめくくってコメントをしておいた。

 

物事は最終完結地点(結果)が大切なのだ。

それまでに苦労していても、全てが彼に集まっている。

そこを考えて良きリーダーである彼に従っていかないといけない。

なぜ彼のオセロが世界最高レベルのソフトをも全滅させられるのか。その領域は人間の分かる手順ではない。AI(ソフト)の打ち方をしていてもたどりつけない。

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